絵本作家インタビュー

2009年2月17日

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしさんです。『手のひらを太陽に』の作詞家でもあり、雑誌『詩とメルヘン』編集長としても活躍されたやなせさんは、今年90歳。アンパンマンのキャ ラクターはなんと2000を越えるそうです。大人気キャラクターはいかにして生まれたのか、たっぷり語っていただきました。
今回は【前編】をお届けします。 (【後編】はこちら→

絵本作家・やなせ たかしさん

やなせ たかし

1919年、高知県生まれ。東京高等工芸学校図案科卒業。高知新聞社、三越宣伝部を経て、53年に独立。73年、絵本『あんぱんまん』(フレーベル館)を刊行、88年、「それいけ!アンパンマン」としてテレビアニメ化。また、73年より30年間にわたり、雑誌「詩とメルヘン」(サンリオ)の編集長を務めた。いずみたく作曲のポピュラー・ソング『手のひらを太陽に』の作詞者としても知られる。90年、勲四等瑞宝章受賞。95年、日本漫画家協会文部大臣賞受賞。日本漫画家協会理事長。

「アンパンマン」が生まれるまでの長い道のり

絵本作家・やなせ たかしさん

※やなせたかしさんは2013年10月13日にご逝去されました。故人のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

子どもの頃の夢は、学者でした。あまり人に会うのが得意ではなかったので、研究室に閉じこもって顕微鏡を覗いたりしていられればと思ってね(笑) でも、小学校時代は遊びほうけていても優等生だったのに、中学に入ったとたん成績が落ちてしまったんです。特に数学が苦手で、これじゃ学者は向かないなぁと。このまま普通の学校に進んでも、他の人と競争したら負けると思ったんですね。じゃあ自分の中で何が一番よくできるかと考えて、絵の道を選ぶことにしました。家族から、デザインなら食べていけるだろうと言われて、東京高等工芸学校の図案科に入ったんです。

社会人としての最初の肩書きは、グラフィックデザイナーでした。三越の宣伝部にいた頃は、新巻鮭から新劇のポスターまで、あれやこれやといろんなものを描きましたね。今も使われている三越の包装紙、デザインは猪熊源一郎画伯なんだけど、三越という筆記体は僕の字なんですよ。

30代半ばで三越を辞めて、漫画家として独立しました。でも漫画家としては三流以下ぐらいで、なかなか世に認められなかったんですね。ですからそれからは、本当にいろんな仕事をしました。NHKの「まんが学校」という番組に漫画の先生として出演したり、映画スターや芸能人をたずねて記事を書くインタビュアーのような仕事をしたり、永六輔さんのミュージカルの美術や、宮城まり子さんの舞台の構成を担当したり、映画のシナリオを書いたり、詩集を出版したり、手塚治虫さんの長編アニメでキャラクターデザインをしたり……。プロでありながら、「週刊朝日」の百万円懸賞漫画に応募したこともありました。そのときに生まれた四コマ漫画『ミスター・ボオ』は、今でも描き続けているんですよ。

『やさしいライオン』で絵本作家デビュー

『やさしいライオン』

『やさしいライオン』(税込924円、フレーベル館)。みなしごライオンのブルブルと、育ての親である犬のムクムクの愛情物語。

僕の最初の絵本となった『やさしいライオン』は、もとはコントとして書いたものでした。ドイツの動物園で犬がライオンを育てたという記事を読んで、犬に育てられたライオンというのは犬に似るのかな?と思って短いコントにしていたんです。

その頃僕は、文化放送のラジオドラマのシナリオを書く仕事もしていたんですが、ある日、頼んでいた作家のシナリオが期日に間に合わないということで、急遽「なんでもいいから明日までに書いてください」とディレクターから電話があったんです。急な依頼でテーマを考えている時間もなかったので、コントとして書いていた『やさしいライオン』を30分のドラマに仕上げました。久里千春さんと増山江威子さんが親子の役で、お母さんが「あるところにみなしごのライオンがいてね」と語りかけると、子どもがそれに問いかける、という流れのドラマにしたんですよ。歌は、それまで何度か一緒に仕事をしたことがあったボニージャックス、作曲はボニーの推薦で磯部俶さんにお願いしました。

ラジオドラマ『やさしいライオン』は、そんな風にしてなんとか放送されたのですが、これが意外と評判がよかったので、縁あってフレーベル館から絵本として出版されることになりました。その後、紙芝居や映画にもなったりして、絵本は現在でも版を重ねています。この『やさしいライオン』のヒットがきっかけで、だんだん子ども向けの絵本の仕事が増えてきました。その次に描いた絵本が『あんぱんまん』なんですよ。

老若男女誰でも楽しめる「わかりやすい絵本」にこだわる

絵本作家・やなせ たかしさん

絵本でも漫画でも、僕がいつも心がけているのは、「わかりやすさ」です。芸術的なものにも憧れますけれども、僕には向いていないみたい。もっと大衆的な、子どもからおじいさんおばあさんまで、誰でも楽しめる作品づくりがモットー。まずは誰にでもわかるってことが大切だと僕は思うんです。いい悪いの前にまずわからないと、楽しもうにも楽しめないでしょう。だから僕の絵本は絵もわかりやすいし、お話もわかりやすい。誰にでもわかるようにと心がけてつくっています。

それから、自分自身にとっておもしろいものかどうか、というのも重要ですね。自分以外の人が何をおもいろいと思うかというのは、よくわかりません。だから自分を信じて、僕自身がおもしろいと思うものをつくっているんです。絵本の中には芸術的な作品なんかもあるけれど、あれは僕にはできないんですよね。僕の絵本はあくまでごく普通の、やさしい絵本です。

絵については、最近また中学生時代に描いていた絵にちょっと帰ってきているんです。中学の頃は、透明水彩が好きだったんですね。油やアクリルなんかもやりましたけれど、やっぱり昔の透明水彩がまた好きになってきちゃってね。今、詩集に載せる絵は、全部透明水彩でやってるんです。なんだか懐かしい気持ちになりますね。

 


……やなせたかしさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→
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